さよならアルプス・ランドナー
子供の頃のワクワクする遊びのひとつに、23区の地図を眺めて見つけた未知の公園や池を目指して自転車を漕ぐというのがあった。当時からドロップハンドルの自転車は憧れの乗り物だった。
大学に入って夏休みにアルバイトで貯めた資金で初めてランドナーを買った。八王子辺りのショップオリジナルの赤い自転車だった。主に奥多摩の山道を走った。奥多摩周遊道路に挑戦するも、途中で両方の大腿四頭筋が同時につって敗退したのは懐かしい思い出だ。
数年乗ったランドナーだが、飽きて捨てたのか(良く思い出せないのだが)いつの間にか手元になくなっていた。
30歳を前にして再びランドナーを手に入れた。この時はキャンプ(というか野宿)に目覚めた頃で、1人用のゴアライトやガスストーブや釣り竿を積んで山道を走った。当時は、走ることより野宿が楽しかったな。
この自転車も数年後にはあまり乗らなくなり、集合住宅の玄関先に停めたままになってしまった。そんな不憫なランドナーを見初めた近所のおじさん(たぶんマニア系、ランドナーという自転車を知っていた)にもらわれていった。
数年後またまた自転車が欲しくなり、今度は飽きないよう、そして一生ものにしようと考えて、神田にあった「アルプス」でランドナーを作ってもらった。
「アルプス」は志賀直哉の随筆に名前が出てくるような老舗中の老舗で、ツーリング自転車界の大御所だったショップだ。ランドナーという自転車の衰退と共に2007年に閉店したのだが、私がランドナーを作ってもらったのは2004年のことだった。
アルプスでは色々なところを走ったな。
子供の頃に抱いていた見知らぬ土地を行く憧れを実現する乗り物としてランドナーに乗ってきた私は、クラッシックな部品を集めて満足を覚える、いわゆるマニアではなかった。今となっては、自転車で走る楽しみの純度を高めたロードレーサーがお気に入りだ。
去年にアンカーを手に入れてからは、サイクリングとして乗ることはほとんどなくなってしまったアルプス・ランドナー。荷物を積まない限り、より遠くへ、より楽に行けるロードレーサーは、私の望みを強力にサポートしてくれる。
ときおり通勤などの日常の足としての役割を担っていたアルプスが事故に遭って乗れなくなってしまったのは、今年の2月の寒い夜だった。
幹線道路の歩道に隣接した工場の出入り口から急に飛び出してきたバイクに、ほぼノーブレーキでぶつかってしまった。バイクの後輪部分に正面から追突して、私は宙を一回転して地面に落ちた。ヤバイと思ったが立ち上がってみると不思議とどこも身体は痛くない。バイクの運転手は驚いて近づいてきたが、私がそのまま立ち上がるのを見ると、逃げるようにバイクにまたがって走り去っていった。見通しのきかない出入り口から一時停止もせずに飛び出してきて、こちらは前照灯も点けていたわけで、警察を呼ぶべきだったのかもしれないが、その時は身体に異常を感じなかったのでそのまま帰ってきた。
玄関に入って明かりの下でアルプスを調べてみて、驚いた。フレームのトップチューブとダウンチューブの前の方が、強い圧力を受けたために変形してひびが入っていたのだ。私の身体が無事だったのは、アルプスが衝撃を吸収してくれていたからだろう。
事故のあと何度か乗ってみたが、そのたびに亀裂が広がり、最後はほとんどフレームが分解しそうになって、押して帰ってこなければならなかった。これでは、もう乗ることはできない。
アルプス・ランドナー、これまでいろいろありがとう。楽しい思い出がたくさんできたよ。
修理にも出せそうにないし、走れない自転車を保管するのはナンセンスだと思ったので捨てようかとも考えていたが、撤回しよう。これを書いていて、考えが変わった。
さて、走れないアルプス・ランドナーは室内で余生を過ごすわけだけど、日常の足となるような新たな相棒は現れるのだろうか。
ディスカッション
コメント一覧
はじめまして。偶然この記事を見ています。
ランドナーに対する愛情が伝わってきて嬉しいです。
破損されたランドナーですが、見たところラグレスフレームのようですので、修理は可能です。
パイプ交換になります。(自分も転倒時にダウンチューブを折ってしまいましたが、ラグレスフレームだったのでパイプを交換し、今でも乗っています。)
今はロードレーサーに夢中のようですが、自転車愛が続けば歳をとったらランドナーのゆったり感が恋しくなるでしょう。ぜひALPSを扱っている専門店に相談してみてください。
ALPS乗りさん、こんにちは。
コメントありがとうございます。
この記事は7年前のものですが、実はその数年後、壊れたランドナーは廃棄してしまいました。
私の知識ではとても修理可能とは思えず、思い出が詰まっているとはいえ、破損して二度とは走れないランドナーを見るのは忍びないという気持ちがありました。
ランドナー、ロードレーサー、小径車と乗ってきましたが、同じ自転車でありながら、それぞれがまったく別の乗り物だと感じています。
ランドナーは私にとって、幼い頃の憧れです。
魚釣りの世界では「ハゼに始まり、ハゼに終わる」という言葉があるようです。
いつかは私にも「ランドナーに始まり、ランドナーに終わる」という時期が来るのかもしれませんね。