飼い猫の狩猟本能に火を付けたら
お昼前から部屋の掃除をした。
掃除機がけとトイレ掃除を終えてパソコンの前でくつろいでいると、後ろでケインの不穏な気配がする。さっきまで掃除機が怖くて逃げ回っていたはずだが…と注視してみると、壁際のコンセントに刺さったACアダプタ付近にしきりに猫パンチを繰り出しているのだった。
なんか虫でも見つけたのか! 不法侵入者め、どこから入った。ケイン、いいぞ、いてまえ!
今にも飛びかかろうと全身のバネをためて床に身を伏せているケインの背中越しに、何がいるかを確認しようとのぞき込む。
しかしヘンだ。ケインが猫パンチを浴びせているのは、網戸越しの風で揺れるACアダプタのコードである。ケインも、それが「逃げ」も「反撃」もしない物理現象だと悟ったのか、すぐに興味を失ったようである。
うーん、そうか、この頃は遊んであげてないな。
この部屋に来た子猫の頃は、毎日短時間でも遊んであげていた。というより、子猫の活発さに否応なく巻き込まれて、ちょっと辟易していたくらいだった。2歳になった今では、ずいぶんと落ち着き、落ち着きすぎてオヤジ猫の貫禄さえ漂うばかり。
ケインのおなかが垂れているのは、飼い主である私の責任でもあるな。よし!
猫雑誌の付録で付いていた猫じゃらしのオモチャが引き出しの中にあった。それを引っ張り出して、ケインの前を走らせる。猛然と追走を始めるケイン。ヒモの先に付いたネズミを模した人形めがけて、キャットタワーを駆け上り、一番上から飛び降りる。次は布団ハンガーのてっぺんまでジャンプとダイビング。その二つを八の字で10分じゃあ! と、サイドステップしながら猫じゃらしを繰り出していると、猫の俊敏さは予想以上で、ケインの前足の鋭い爪がネズミを捕らえ、次いで牙でがっちりとくわえ込んでしまった。まだまだ、こんなもんじゃない! 放せ、次だ次! と、思い切り引き上げる。
猫が釣れた。
宙ぶらりんになってもアゴの力は緩まない。このままフルパワーで引き離そうとすれば猫じゃらしが引きちぎれるのは必至。そしてケインは、聞いたこともはい低いうなり声を喉の奥から発している。
キャットタワーから引っ張り下ろして、ヒモを緩めてみたが放す気配はまったくない。力尽くで引き離すのはかわいそうだ。かといってこのまま放置すればネズミの人形を食いちぎり、食べてしまうかも。そしたらまた腸につまって…。
そうだ、いいことを思いついた。
目の前にいつも食べているキャットフードを一粒置いてみる。
どうじゃ、どうじゃ、うまいぞな。
鼻を近づけてクンクン。目の前に何があるかは十分承知しているようだが、うなり声は止まない。キャットフード一粒の誘惑に負けてアゴの力を緩めたらどうなるか、ケインにはわかっているのだろう。ぬし、なかなか賢いのう。目の前のキャットフードを一粒ずつ増やしてみたらどうなるか、と試してみたくなったが、やめた。
「ネズミを模したオモチャを狩り、キャットフードを食べる」
ネズミを狩って、その血と肉を栄養としていた猫の習性からすれば、「狩り」と「食物摂取」の完全な乖離は、ペットとして現在の都市で人間と共存するには必須の代償だったのだろう。そして人間の状況も同じようなものだ。「屠殺」と「ハンバーガー」を結びつけることは「常識」では難しい。リアル、バーチャル含めて、人間世界に「猫じゃらし」は事欠かない。
でも人間は今でも、自分で釣った魚をさばいて食べることができる。
「猫が安心して食べられる猫じゃらし」そんなものを売り出したらどうだろう。少なくとも室内飼いの猫の幸せには、少しは貢献するかも。
ちなみに、ケインはしばらく待つと猫じゃらしを放してくれた。また続きは今度な、と本棚の上に仕舞った。
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